松竹梅

 明けましておめでとうございます

 2020年が、皆様にとって実りある素晴らしい年であることをお祈りします

 さて、今日は門松に使われている松竹梅について言霊的説明をしてみたいと思います。松竹梅という言葉を聞いて嫌なイメージを持つ人はほとんど居ないと思われます。この言葉は、私たちのココロの中で吉祥の象徴としてしっかり根付いているようです。歴史的には、松→平安時代以降、竹→室町時代以降、梅→江戸時代以降、吉祥の象徴になったと解釈されているようですが、それはそれとして、大切なことは言霊原理のルネッサンスの時代を生きている現代人のココロの中で、松竹梅が一つのまとまった言葉として吉祥をイメージさせているということです。では何故多くの植物の中で殊更松竹梅が選ばれたのでしょうか?その理由を明らかにします。

 まず松竹梅の梅です。梅は、「ウ」の芽です。一面雪に覆われた大地から春の訪れを告げる梅の花が咲きます。古代には、ココロとカラダの現象を外の世界の現象に投影して表現されることが多かったようです。大地は脈動を続けています。しかし雪に覆われ静まりかえって見えます。その静寂の中から、最初に梅の芽が萌え出ます。この現象に投影されたココロの状況とはどのようなものでしょう。それは、ココロが蠢き始めた最初の状況、意識が目覚め活動を始めたその瞬間です。言霊の原理を発見した先人たちは、このココロのありようを言霊「ウ」と名付けました。そして、これを外の世界に投影して、何も無いように見える雪景色の中から最初に花を咲かせる植物に、「ウ」の芽=梅と名付けたのです。

 上記の次第について古事記は、「天地(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天の原に成りませる神の名は、天の御中主の神」と記しています。古事記は言霊の教科書です。言霊原理の全てが古事記神代の巻に解説されています。今日は古事記についての言及はこのぐらいに留めておきますが、ただ一点、「天地の初発の時」とは宇宙創造という外の世界のことではなく、ココロの宇宙のはじめであり、私たちの思いや考えが今にも現れ出ようとする瞬間のことを指した言葉であるということだけ覚えておいて頂きたいと思います。そして、天の御中主の神=言霊「ウ」です。

 次に松はどうでしょう。これは形状の類似が中心になっています。松の葉は根元が一つで二本に分かれています。陰陽、水火(みずほ)の象徴となります。コトタマの基礎(ココロの先天構造)で説明した天津磐境(先天構造)で、ココロが最初に動き始めた第一段の「ウ」に続く第二段階、つまり「ア」(主体)と「ワ」(客体)の分離に相当します。なお、意識が活動を始めた途端に、見る側(主体)と見られる側(客体)とに分かれることは、私たちの意識活動の宿命であると言えます。

 最後に竹です。タケは田気(たけ)です。言霊学で田(た)と言えば、五十音図のことを象徴しています。五十音が整然と並んだ五十音表は稲田を連想させるからでしょう。そして、気(き)はエッセンスというほどの意味でしょう。ですから、田気(たけ)で五十の言霊を表すことになります。このように、松竹梅は言霊原理を象徴しています。

 さて、言霊の原理は、その昔ある理由から隠滅されたのですが、時が至れば完全復活するよう多くのナゾナゾが残されました。言霊の原理が私たちのココロから完全に消滅してしまわないようにするための方策です。文献として残されたのが古事記、日本書紀などであり、建造物として残された最も顕著なシルシが伊勢神宮です。それはまた、多くのおとぎ話としても残されています。そして、毎年初に松竹梅を使った門松を飾ることは、伊勢神宮の式年遷宮を簡略化して身近なものにしたものであると言えるのではないでしょうか。

 それではまたお会いしましょう。

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