天霧の目標(カラダの経験知)

天霧の目標(経験知との付き合い方)」では、ココロの側面を中心に経験知を見てきました。今日は、カラダの側面について考えてみたいと思います。

「天霧が目指していること」で、カラダの経験知について、自転車の例を見ました。今日は、武道的な色合いを含んだ例で考えてみたいと思います。

 さて、突然誰かがあなたの腕を強くつかんだとします。あなたは、反射的に力を入れて、つかまれたところを振り払おうとするのではないでしょうか?

「強くつかまれたら、こちらも強く力を入れて振り払いなさい」

と教えられた訳でもないのに、反射的にそうしてしまいます。それはどうしてなのでしょうか?・・・・・こんなことを真面目に考える人は、ちょっと変人かもしれませんね。しかし、武道的にはとても興味深い問題だと、管理人は思います。

 なぜ反射的にそうするのか、その理由について、学問的には諸説あるものと思いますが、管理人は、これこそ長い長い時間の経過の中で人類全体のカラダの中に刷り込まれた経験知によるものだと思っています。(このことは、ココロの科学言霊の説明を進めてゆく内に、改めて詳しく書きたいと思っています。)

 さてここで、「反射的に力を入れてどこが問題なの?」と言うツッコミが入るかも知れません。もっともです。合気道を習い始めた頃の管理人もそのように思っていました。「反射的に力を入れる」と言うことを疑問視するのではなく、力を入れるタイミングや、力を入れる方向性が重要だと思って、技の研究を繰り返してきました。経験知が支配するルールの枠内から出ることなく、その枠の中で、より効果的な力の使い方を探して来たと言うことになります。

 しかし、その後、アフリカで想像を超える筋力や身体能力を持っている若者たちと稽古する内に、単なる技ではどうしようもないなと思わされる経験を積み重ねました。それで、このカラダの経験知に基づく「反射的に力を入れる」と言うことを根本から見直す必要があると痛感したのです。

 それが、天霧誕生のきっかけになりました。カラダに染み付いた経験知を一回ゼロにしてみる。反射的に力を入れるのではなく、全て受け入れてみる。なんども試行錯誤を繰り返す内に、あるとき、びっくりする現象が起こりました。全力でつかみかかってきたアフリカの若者が、こちらは全然努力感がないのに、ひっくり返ってしまったのです。

 それ以降、一歩一歩天霧の理論化を進めて来ました。この理論化のベースになったのは、ココロの科学言霊の考えでした。そして、後天的に身につけたココロとカラダの習癖を取り除いて、人という種(スピーシー)に本来的に与えられているココロとカラダの能力を最大限に発揮する「スベ」を探すことが管理人の目標になったのです。

 これまで、多くの方々のご尽力を頂いて、天霧の理論を二冊の本にしてまとめることができました。そして、近日中に第三作目の本の出版を予定しています。しかし、この理論はまだまだ発展途上にあります。歩みだした道は遥かに遠く、どこまで進んでも目的地が見えない感じです。とにかく一歩一歩前に進むしかありません。

 今日も分かったようで、よく分からない投稿になってしまいました。そのモヤモヤ感は、実際に天霧の稽古に参加していただければ大部分解消するものと思いますが、なるべく分かりやすい記事にしてゆくよう努力したいと思います。

 今日は、カラダにも経験知が染み付いていると言うこと、そして武道の極意は、この経験知をどのように取り扱ってゆくかと言う問題に大きくかかわっている可能性について説明させて頂きました。

 それではまたお会いしましょう。

 

 

 

 

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